Column 現地ジャーナリストが見る、ノルウェー国内の反応と今

テロ当時、私は学生寮にいた

テロ事件が起きた時、私はオスロ大学に通っており、その日は学生寮にいた。大人も若者も夏休みをとっている時期で、国全体が静かでのんびりとしていた。
「市内で大きな爆発」と友人から電話があった。ニュースを見ると、オスロ政府庁舎が爆破されたようだという内容。その後、ウトヤ島でも何かが起きたらしいという報道が流れてきた。
当時は「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」で情報発信などをしていたため、日本のメディアから「状況を知っているか」という問い合わせが止まらなかった。遠く離れたノルウェーで、詳細がわからずにいた国際メディアは、そもそも「ウトヤ島」がどこにあるか、「ウトヤ島」のカタカナ表記はどうなるのかという、基本情報の確認に当惑していたという印象を受ける。
「7/22」、ノルウェー語で「シューエ・アンドレ・ユーリ」という言葉は、今も現地では特別な意味をもつ。胸にぐさりと刺さるこの言葉に、人々は敏感になった。
私が通っていたメディア学科では、報道分析もするため、事件当時のメディアの役割なども勉強することがあったのだが、教師たちは学生に精神的な悪影響を与えないか常に気にかけていた。

犯人が破壊しようとした「青年部」とは

ノルウェーの政治・社会情報を、フリーのジャーナリストとして発信していくうちに、各政党の青年部、生存者、遺族などにも頻繁に出合うことが多くなった。その分、当時の「青年部を狙った」という行為が、どれほど残酷性が深かったのかがわかる。他国では、ノルウェーでの「青年部」の意味をしっかりと報道する余裕はなかったのではないだろうか。
青年部は、現地では「青年党」と呼ばれている。母党とは別部隊の「政党」として認識される理由は、求める政策や国の未来像が違えば、母党さえも堂々と批判するからだ。彼らは10~20代の若者たちを代表する「声」、ノルウェーが誇りとする「民主主義」の象徴だ。
青年部は、将来の政策や未来の政治家の「工場」ともいえる。今の多くの政治家たちは青年部で議論する力を鍛えられた。報道機関や大人の政治家たちは、青年部の声に熱心に耳を傾ける。青年部が社会に与える影響力は、日本とは比較にならないほど大きいのだ。だれもが政治家になろうとしているわけではない。日本よりも政治の議論がしやすい雰囲気があるノルウェーでは、党員になるのはネットで数クリックするだけでできる。若者にとっては、同じ関心をもつ友達の輪を広げられる、クラブやサークルのような気楽なものだ。
各党の青年部や、数多くの青年団体の存在は、ノルウェー社会にとって、ありがたく、微笑ましい存在。各党の「夏合宿」は毎年行われ、首相や党首なども訪問し、決議された政策はニュースとなり、母党の政策に影響を与える(数年後に、国会で可決されることもある)。労働党青年部の保護者は、安心して子どもたちをウトヤ島に送り出していただろう。そんな、国の未来に熱心な子どもたちの安息の場を、ブレイビクは狙ったのだ。

ウトヤ島とは、生存者の今

ウトヤ島は、ほかの政党や団体にも集会の場として使われている。オスロ中央駅から電車やバスで1時間40分ほどのところにあり、自然に囲まれた場所だ。今、ウトヤ島では、当時の教訓を未来の若者たちに伝えるためのプログラムも実践されている。教師は生徒にテロをどう伝えるかを考えてもらい、若者たちには極右思想や憎悪について話し合ってもらう内容だ。爆破があった政府庁舎にも、遺品などを展示した施設が設けられた。
事件は当時の若者たちにも衝撃を与え、生存者の一部は政治から離れたりもしたが、政治活動に熱心になる人も増えた。私が取材をする若い政治家たちは、テロ当時のことをよく語る。生存者の1人は現在のオスロ副市長、犯人のブレイビクを弁護していた弁護士は、その後労働党の党員となり、生存者たちとオスロの政治を支えている。
一方で、犯人の凶悪犯罪の根幹でもある憎悪、政治家や移民に対する偏見は、SNSで増幅しており、「あの日から、私たちは学んだはずではなかったのか」とメディアを中心に反省・議論されることも多い。

続々と映画化される理由

本作『ウトヤ島、7月22日』、ポールグリーングラス監督、NETFLIX版「7月22日」は、ぜひとも両方見ていただきたい。前者は、ノルウェー人監督が、事件を知るノルウェーの観客、生存者や遺族への気持ちも配慮された作りで、犯人の姿は見せずに、若者が主役となったもの。若者たちが味わった恐怖が描かれている。
後者は、ノルウェー人ではない監督だからこそ作ることができた、テロの前知識がない国際市場の観客のために作られている。全体像が描写され、会話は英語で、NETFLIXという媒体だからこそ、ノルウェーの外に届く。犯人の言葉や姿を再現する手法は、ノルウェー人監督であれば悩んでしまっていただろう。
事件がほかにも作品化されているには理由がある。ノルウェーでは、「忘れてはならない」という、記録を残す目的が強いが、他国は、犯人や憎悪に対するノルウェーの人々の「対応」に驚いた。「憎しみに、憎しみで答えない」、「私たちが変わってしまったら、犯人の思い通りだ。だから今の私たちを維持する」。事件直後の市民の「バラの行進」は世界中でニュースとなった(労働党のシンボルマークは赤いバラ)。

映画公開初日、Facebook投稿が原因で法務大臣が辞任!?

今年3月9日にノルウェーで本作が公開された初日。労働党とは相いれない与党・「進歩党」のシルヴィ・リストハウグ法務・危機管理・移民大臣が、Facebookに驚きの投稿をした。
左派最大政党・野党「労働党」は、「国家の安全よりもテロリストの権利が大事」な政党だと名指しして批判。
「テロの脅威がある外国人兵士から、法廷を通さずにノルウェー国籍を没収する」という案が、国会で否決されたためだ。厳格なテロ対策を、左派野党が邪魔するとして、法務大臣が悔しくて投稿したものだった。
進歩党は、ノルウェー版「極右」政党であり、テロ犯人のブレイビクも党員であった時期がある。
しかし、投稿日は、77人の命を奪ったテロ映画公開で、社会がいつもより緊迫していた日。標的となった労働党を、根拠もなく、「テロリストのための党」と名指ししたことで、批判は爆発。生存者にはヘイトスピーチが届き、労働党青年部の関係者は大きなショックを受けた。ソールバルグ首相(保守党)は政府を代表して謝罪。法務大臣は不信任案が可決される直前に辞任した。

ブレイビクのような人物を二度と出さないために、私たちには何ができるか

移民に寛容的なイメージが強い労働党には、イスラム教徒を増やす政党だというような陰謀説が以前からインターネットで広がっている。ブレイビクの思想の根幹ともなっているものだ。彼のような人を二度と出さないためにも、ネットでのヘイトスピーチや脅迫はなんとかしなければいけないとされている。
だからこそ、人々を守るはずの法務大臣という立場でリストハウグ氏がした行為は、大問題だった。騒動は、7月22日が、ノルウェーの人々にとって未だにセンシティブなテーマであることを裏付けた。
テロ、ネットでのヘイト、ポピュリスト言論、極右政党の台頭のニュースが当たり前のようになってしまった今。憎しみ、悲しみ、偏った思い込みが、オフラインでもオンラインでも広がりやすい情勢だからこそ、ノルウェーが出したテロへの反応は、人々にふと何かを考えさせるのだ。

オスロ在住ジャーナリスト・写真家・メディアコーディネーター
鐙 麻樹(あぶみ あさき)
https://asakiabumi.themedia.jp/

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